サイパンじゃ美人
>> Monday, June 1, 2009
むかーし、「サイパンじゃ~美人~」という台詞で流行ったコマーシャルがあった。子供の頃にTVでやたら流れていたコマーシャルで、一体、どの会社の広告だったのかはもう記憶にないけれど、そのフレーズだけが強く印象に残る。サイパン「じゃ」美人ってことは、日本では美人じゃないってことを暗喩するのだろう。私がアメリカ生活をこよなく愛するのは、この「サイパンじゃ美人現象」のお陰と言っても過言ではない。断言しよう。自慢じゃないけど、生まれ故郷の日本では、私は一切モテない。 ずっと若い頃から不思議な位もてなかった。顔は主観によるから何とも言えないけれど、間違いなく美人では無く、かと言ってどブスでもないはず。要するに平均的な日本人の顔。性格は決して超ビッチな訳では無いツモリ。
突き詰めていくと、恐らく、サイズ10や12号の致命的な体型(別に、サイズ9号の頃ももてなかったけど・・・)、思ったことを遠慮なくバシバシ言ってしまう性格、思ったことをガンガン実行してしまう行動的な男っぷり、育った環境による汚い言葉遣い、美容や髪型やファッションに一切気を使わないという性格的な可愛気の無さ、そういう見た目的な女の魅力の無さ、その全ての条件が重なり合って、「モテナイ」という圧倒的な現状を招いたのだと思われる。事態は深刻だ。そこで、子供の頃に聞いた「サイパンじゃ美人」というあのフレーズを思い出し、海外に希望の光を見出し、日本脱出を試みた。
そうして、3年半前にアメリカはサンフランシスコにやってきた。来てみると、モテる、モテる。笑 いや、冗談でも自慢でもなく、これがモテるんです。同じ自分かとおかしくなる程、アメリカでは面白い位にモテる。普通に毎日外出すれば、下手したら一日一回か、それ以上は声がかかる。まぁ、ほとんどが軽いノリだけど、軽くないのも少なくない。幼い頃から抱いていたボーっとした印象だけの言葉が、今度はしっかりと「やはり、サイパンじゃ、美人なんだ。」と形を持って自分の中に再現した。
よく、「自分とは違う人種の美醜を見分けるのは難しい」と言われる。これは全く正しい説だと思う。よく、ブスな日本人女子を連れたちょっとカッコイイ外人男子とかと歩いているのを日本で見て、不思議に思うことがあると思うけど、これは、やはり彼等が「自分とは違う人種の美醜が判断できない」ことに起因する現象なんだろう。私も今、十分にその恩恵を受けているから、全然文句は無い。何度も言うように、私は日本ではモテない。普通の常識的な日本人の間では、私の顔は決して「美しい」という基準には達していないのだ。でも、アメリカという素晴らしい国に住んでいるのは、白人や黒人、ラテン系、アメリカ先住民等、日本人の美醜の区別がほぼ無理な人達ばかり。何て素敵な国だろう。こういう国だからこそ、自国日本ではモテナイ私のような女子もいい思いをすることができる。この人達は、ハッキリ言って、アジア人の私がカワイイのかカワイクナイのか、さっぱりわかってない。彼らは私の長い黒髪、デカイ胸と尻を見て、それで安易に「ビューティフォー!」って結論に至っているんだと思う。この安易な人達に乾杯!
プラス、アメリカではデブの基準も日本とは大幅に異なる。日本では年頃(?)の女子が行くようなブティックでは、はっきり言って私の服のサイズはおいていない。Lサイズ、というものすら、一切入らない。私に言わせれば、何がどうラージなのか謎。お店に入るだけで、店員から白い目で見られることも多々。申し訳なくて、もうブティックには足を踏み入れられないデブさ加減。そういう私でも、こちらアメリカは天国。日本でLでも入らない私が、アメリカではMやLで丁度いい。そして、それ以上のサイズもいくらでも製造・販売されている。そして、全米に多数のお店をドーンと構えるデブ女子専用の洋服店Lane Bryantとか言うお店に入ってみると、その店で一番小さいサイズでも、私には大き過ぎて、ダメだった。嬉 私は、アメリカではデブじゃないのだ。実際、自分の何が変るわけでもないけど、外的要因で、自分の中の自分の印象が変る。笑 まぁ、勘違いと言えば、確かにただの勘違いなんだけど。笑
そんなんだから、アメリカでは私のような体型でも男性によって受け入れられている。改めていい国だ。これは、やはりこの国で生きていく方が賢明だろう。 でも、この環境に慣れると、段々デブ度が高まっていくばかりな気がして怖い。でも、自分が「全くモテないデブ女」に格下げ(現実に戻る?)になる故郷日本に完全帰国することを考えると、そっちの方がよっぽど怖い。

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